学術講演会レポート

学術講演会レポートアネラン教授基調講演

基調講演

社会歯科学者として多くの実績を残しているアラネン教授が、予防することでの経済的メリットについて触れたユニークな講演でした。

ペンティ・アラネン
(フィンランド トゥルク大学歯学部社会歯科学教授)

1964 トゥルク大学にて歯科医師免許取得
1976 フィンランド ユバスキュラ大学にて社会政治学博士号取得
1982 トゥルク大学にてPh.D.取得
1989 フィンランド クオピオ大学にて福祉教育プログラムを設立

歯学教育と医療経済学を専門とし、社会歯科学に関する60以上の論文、50を超える学会発表を行なう

予防が及ぼす経済効果

どんな仕事をするにしても、予防をするにしても、絶対コストはかかります。材料費もかかるし、人件費もかかります。 プロダクティビティー、生産性がいいということは何かというと、インプットされたものよりもアウトプットのもののほうがたくさんあれば、生産性が良かったということになります。ただ、プロダクティビティー、生産性と、能率というのは、意味が違うのです。能率というのはいったい何かというと、インプットされたものに対してどのぐらい効果があるかというのが、エフィシエンシー、能率ということになります。ですから、健康経済の中でも、この二つの点、能率と生産性というのは、必ず言われることになります。

バンターという場所で行われた研究ですが、この研究では三つのグループを作りました。まず一つのグループは、ハイリスク・グループで、集中的に予防行為をするグループです。HRIprと名付けます。ハイリスクで、基本的な予防処置をするグループを、HRBprと名付けます。ローリスクで、基本的な予防処置をするのが、LRBprグループです。この三つに分けました。研究期間中どんな予防処置を行ったかというと、ハイリスク・グループで集中的に予防を行ったグループは、3年間で5.5回シーラントを行っています。フッ素のバーニッシュを集中的に行ったハイリスク・グループでは5回、基本的な予防処置の場合には2回ということになります。集中的に行ったグループに口腔衛生指導は、3年間で9回行いました。ベーシックなグループは、ハイリスクであろうとローリスクであろうと、3年間で1回です。食事指導に関しては、集中的に予防処置を行ったグループでは、だいたい4回。ほかのグループはほとんど行っていません。ゼロということになります。

これで、口の中ではいったい何が起こったでしょうか。集中的に予防処置を行ったグループとベーシックなグループ、ハイリスク・グループでは、実際のDMFSレベルからするとまったく差がない、まったく同じ結果になってしまいました。ですから、ハイリスクで集中的に予防処置を行ったグループというのは、プロダクティビティーは高いです。いっぱいものを与えた、たくさんのことをやったのですが、能率、効果としては低いという結果になっています。ですから、ここでベーシックに加えて行ったことというのは、まったく効果がなかったという意味になってしまいます。ですから、プロダクティビティー、生産性は高くても、健康に対する貢献、寄与が何もなければ、それは効果が悪い方法だということになります。ですから、どういう効果があるかということを知らずに何かをするというのは、まったく効率が悪いことになります。

どこがいちばんいいポイントか、資源を与えていちばんいい恩恵が得られるポイントかわかったといっても、実はそのポイントというのはいつも変わってしまうのです。社会が変われば変わるし、同じ社会、組織の中でも、時代によって変わってしまう、人によって変わってしまうということになります。20年前は、シーラントは、う蝕予防に非常に効果的な方法でした。でも、現在は違います。

Korpilahtiスタディでは、2歳から5歳までの間に使った費用、コストが明らかになりました。一人当たり54ユーロです。コントロール・グループでは69ユーロ使いました。ということは、子供一人当たり15ユーロ、日本円にすると3000円弱、コストの削減になったということになります。

しかし、Korpilahtiでは、予防に対する費用というのは、実は、治療に対する費用よりもはるかにかかっているのです。もちろん、予防によって質は良くなるのですが。5歳から12歳の結果は、7年間で151ユーロ節約ができたということになります。
ということは1年間で一人当たり4000円ぐらいの節約になったということになります。

う蝕予防が臨床的にも経済的にも非常に良いことであるとする条件としては、非常に早い時期に、予防しなければいけない人たちを探し出すということになります。その年は2歳です。ミュータンス菌の歯の表面への定着を防ぐ、排除するということを目的とするならば、この2歳という時期が非常に重要になります。
なぜバンターでいい結果が出なかったかというと、一つは、年齢的に遅かったのではないかということです。10歳からということで、10歳の子供たちには集中的に予防をやらなくても同じだったということであります。遅すぎたということになります。
介入が遅いと効果もほとんど現れない。いくら資源をつぎ込んでも効率が悪くなる。ですから、できるだけ早い時期。その早い時期というのは、2歳からということになります。

予防が及ぼす経済効果

予防処置をすることによって患者さんが増えるということ。治療時間が減るということ。それから、歯科のマーケットが広がっていくということ。コストの効果も非常に高いということになります。これが結論です。

予防には3つのレベルがあります。1次予防というのは、病気をつくらないということです。2次予防というのは、病気の進行を止めるということになります。3次予防というのは、疾患があることによって起こる問題点や副次的な効果を防ぐということであります。個人で開業されている先生方は、2次・3次予防というのがいつも必要になってくると思います。では開業されている先生方にとっての1次予防というのは、いったい何なのでしょうか。
予防するにあたって一つの大事なルールがあります。予防というのは、決してお金を節約することではないのです。これは『American Journal of Epidemiology』の1988年の論文に書いてありますが、これを信じるか信じないかということです。確かにKorpilahtiのスタディで、予防することによって歯科にかかる費用というのは下がることがわかりました。しかし、下がったというのは一面でしかありません。

この20年の過去のデータをお示ししましょう。歯がある人たちは、無歯顎者の人たちに比べて6倍、歯科医院に通っています。これはフィンランドのデータです。歯科医院への通院回数というのは、歯がなくなるに従って少なくなるということがわかりました。このことから、歯の数というのは、その人が歯科医院に通う数の良い予測になります。歯が多い人ほどちゃんと歯科医院に通うということになります。予測値から見ると、将来多くのお年寄りたちがご自身の歯を持っているということになります。この傾向が、もし日本でも同じように起こるならば、20年後の日本では1000万人のお年寄りが自分の歯を持っているということになります。もしも、う蝕予防がこれから先成功し続けていくということになれば、非常に長い時間かかるような治療、それから非常に高価な治療、ブリッジとかインプラントとかそういう治療を、実際の臨床の場でよりできるようになるでしょう。時間をかけられるということになります。
それと、予防が成功しているということは、もしも治療をしたとしても治療に対しての保証ができるわけです。我々の診療室への信頼が増すということになります。患者さんが歯科診療室を信用するようになります。そうなれば、その患者さんがほかの患者さんを歯科医院に連れてくる、患者さんに患者さんを紹介していただけるということになります。

たとえば、根管治療のような難しいケースで得られる診療費と、充てんで得られる診療費というのは、同じでしょうか。もう一つは、根管治療をする患者さんが少なくなるということは、それだけ、充てんにかかわる患者さんを増やすことができるし、一人当たりの時間を増やすことができます。根管治療というのは、通常の充てんよりも複雑な治療になるのではないでしょうか。もちろん、治療のし直しというのはありますから、たびたび治療に訪れると1回ごとの診療報酬はどんどん低くなってきてしまいます。 フィンランドでは、たとえばリコール患者さんよりも、突然来る患者さん、急患のほうに、より時間を費やさなければいけません。日本ではどうでしょうか。歯科医院に来るのが遅くなる、つまり急患で来てしまう患者さんのほうが、より時間がかかりますから、コストもかかってしまうということだし、それにかかる我々の時間もどんどん長くなりますから、時間当たりのコストも高くなってしまいます。患者さんの満足度から考えると、複雑な治療ほど時間はかかりますし、患者さんに苦痛を与えることが多いです。通常、患者さんは、歯科診療室のチェアの上に座っている時間は短いほうが幸せに感じるのではないでしょうか。
特に、きちんとお支払いをしていただいて、いい治療を望む方というのは、私生活や仕事も忙しい人が多いのではないでしょうか。